続群書類従巻第五百九十二
合戦部二十二
細州忠興軍功記


一天正十年春信長様御代。大坂之御城御本丸
は。丹羽五郎左衛門長秀殿御預り。千貫矢倉
は。織田七兵衛に。御預け被成被召置候由之
事。
一四国御手に入不申に付。御人数被遣候。御名
織田三七信孝様。丹羽五郎左衛門殿被成
御添可被遣と。被仰出御陣御用意被成候事。
一備中高松之城主清水長左衛門宗治も。信長
様へ随不申に付。秀吉公へ被仰付御打果可
被成とて。秀吉公高松へ御人数。被召連被成
御越候。城のかけり沼にて御座候故。水攻に
可被成とて。阿部川迄樋三里程大堤御築被
成。水留申候内に。毛利輝元殿大軍にて後巻
に出被申候。秀吉公無勢にて御座候に付。御
加勢被仰請候。然は明智日向守光秀殿。
筒井順慶忠興様。此三人迄可被遣と。被仰出
候。何も御陣御用意被成候事。
信長様御父子共に。御上洛被成。信長様は本
能寺に御座候。信忠様は二條之御屋敷に御
座候事。
一天正十午ノ年六月二日。光秀公備中出陣之
可有御暇乞とて。六月朔日ノ夜半計に。丹波
之亀山迄被成御立候。次て御人数可懸御目
とて。堅木原に御人数立申候か。明智左馬之助光遠
人数。京へ俄に出し申候。残人数も押
寄。無程本能寺に攻懸り申候。二日之朝五ツ
時分御殿に火をかけ。信長様被遊御自害候。
信忠様は二條之御屋敷に働座候を追信忠
御切腹被成候事。
光秀公は具足乍召。御参内被成。さて洛中之地
子被成御免。高札御立被成候事。
忠興様は六月三日に。備中へ御出陣被成候
に付。丹後宮津御居城之外に。犬堂と申所
迄。御人数押出し御出相待申候所。愛宕下坊
より飛脚。泥足にて御広間へ走上り。文笈指
出申候を。取次上け申候。忠興様御法体被
遊。御出被成。信長様御父子共に御腹被為召
候注進に候。御人数打入可申迄。被成御意候
に付。御人数引入申候事。
光秀公より沼田権佐御使に被遣。忠興様御
人数被召連。急き御上り被成候様にと。被仰
進候。御返事。此度は助被帰候。重て参候は
は御誅伐可被成候迄。承届帰申候事。
三七様。五郎左衛門殿四国へ。六月二日に可
有渡海とて。住吉浦にて馬印も船に立申候
処に。信長様御切腹被遊候注進。到来申に
付。其儘大坂へ御帰被成。御本丸は三七様。
五郎左衛門殿。御座被成候。七兵衛殿は。初
より千貫矢倉に御座候事。
一備中高松之水高く上り。城中可仕様無御座
候に付。清水申様は。諸人御助被成候はは。
清水罷出。腹可仕と。御詫言申候。然は申通
に可被仰付と。御返事被成候。さて明る五ヅ
時分に腹仕に。相極申候。然る所に。信長
御腹被為召候注進。六月六日七ツ時分に参
着仕候を。御隠し被成候て。明る五ツ時分に
清水筏に乗罷出。筏之上にて切腹仕候。則其
日備中より御上被成。御弔合戦可被成とて。
道中御急き候由。申伝へ候事。
光秀公は三七様。五郎左衛門殿。御打果可被
成候間。筒井順慶に人数出し候へは。洞か峠
にて御待合可被成と。被仰遣候侯へは。則人数
出し可申と申に付。中一日二夜。洞か峠に野
陣被成。筒井御待被成候事。
三七様。五郎左衛門殿。被仰合。御弔合戦可
被成候間。七兵衛殿先手被成候へと。被仰遣
候。得其意申候。兄三七様御人数。御出被成
候はは。御跡より人数東土場へ出申候。然は
七兵衛殿色か立。御本丸方かこひ被申体に
相見へ申候に付。五郎左衛門殿御本丸より。
千貫矢倉へ鉄砲。?敷打掛被申候。下々わ
きこほれ申候を。三七様御手にて数多御打
取被成候故。無程七兵衛殿も。切腹被成候
事。
一摂津国に被召置候池田三左衛門輝政殿。
中川殿。高山右近重友殿。其外之侍衆。山崎へ
詰籠。秀吉公御上着待申候事。
光秀筒井御待被成。洞か峠に御座候処。大
坂より七兵衛殿切腹被成候。又秀吉公は備
中より御上り被成候。早兵庫迄御着之由之
注進。被聞召候に付。其儘洞が峠御引取被成
候て。狐川を渡り。山崎表へ御人数御集被
成。先手は山崎へ被押向。御旗本は隠坊塚
に御人数御立被成候由之事。
一山崎に被居候衆。天王山迄。山崎へ取可申
候。敵に被取候ては悪敷候とて。寶閉寺より
天王山へ人数あがり申候。光秀公よりは。
阿辻萬五郎百挺之鉄砲召連。天王山を取可申
候とて。山八分目程上り申候に付。萬五郎
鉄砲之者しらみ申候、其内に、秀吉公出崎近
邊迄御着被成候注進。彼是競申候て。山崎之
内より人数出申候。一番合戦は高山仕。敵突
崩申候故残党惣掛りに被仕候得は。其儘敗
軍に罷成。光秀公は勝龍寺へ御引籠被成候。
其夜之未明に光秀公勝龍寺を被成御立。坂
本へ御入可被成と。思召御通被成候を。秀吉
公御人数見付詰懸申に付。無是非山崎にて
被遊御自害候事。
信長様御葬礼。蓮台野にて被成候。互に御氣
遣にて。御警固之儀式。抜身共にて殊々敷相
見へ申候由之事。
一尾州清洲へ秀吉公。柴田修理亮勝家殿。御参
會之上。御国割を被成筈に付。織田三七
も。岐阜より清洲へ被成御出。秀吉公。丹羽
五郎左衛門殿。池田勝入。此御衆も前廉より
御出候て。柴田殿御待候由之事。
柴田殿清洲へ御着之日限。相聞へ申日。
植原次郎右衛門広間へ常真様。三七様。秀吉公。
五郎左衛門殿。池田勝入。御出被成候間。
柴田殿被参候を御待候広間之庭に。信長様城
之助様御侍衆。大小共に八百計詰込被居申
由之事。右同。
柴田殿塀重門より入被申候。供之侍三百計
御座候。柴田殿縁へ上り角柱にもたれ被居
候。柱之下に。柴田殿三人之甥其詰懸居申由
之事。
常真様。三七様は御座敷之間之内に御座候。
秀吉公は。前かどより縁輪に御座候。池田殿
五郎左衛門殿は。前廉より御座之間に御詰
被成候事。右同。
秀吉公勝家へ被仰候は。修理殿御出待。御國
割可仕と存候得共。遅り御出候付。御両人様
急御国割仕候へと被仰候。常真様は尾州北
伊勢をくわへ進上申候と被仰候付。御望之
如く進上仕候。三七様は濃州に南近江をく
わへ進上申様にと被仰候。如御望之進上仕
候と被仰候得は。我に談合なしに。國割だて
をいてくい。其つれするならは。頭邊迄押
てくれうと勝家被申候。秀吉公返答は。我か
頭辺押事成間敷候。上の御弔合戦は我か仕
候。笑敷事申と被仰候。其儘池田殿。五郎左衛門殿
中間へ御入被成候。御兄弟様も御立
寄被成被仰候は。両人之衆魚と水の様に。有
之候てこそは兄弟の爲に候。左様之仕合無
体と被仰候。其時池田殿。丹羽殿。はひはら
急御盃出し候へと被仰。盃出申候。双方之盃
御取替し被成。静り申候由之事。右同。
三七秀吉公へ被仰候は。明日は修理も國
下可被申候。其方も長濱へ帰り可被申候。然
は岐阜にて風呂を可被仰付候。立寄可被申
候と被仰候。秀吉公明る未明に清洲御立被
成。洲股へ馬上御壱人にて御著被成候。洲の
股の御代官。佐脇作左衛門親類仕候。則秀吉
公御立寄。被成湯漬をあがり。馬より亭主の
馬に御乗被成。夫より鈴鹿を左になし。水口
を御通り被成。其日は八幡山へ御出候て。其
夜船にて長濱へ御着被成。柴田殿御帰御待
請被成候由之事。
柴田殿は岐阜にて。於市さまと御祝言被相
調。越前へ御同道被成。長濱へ御通可有処。
長濱之仕形を被聞召付。伊吹山の東表にへ
り道御座候を。漸御通候て。越前之北之庄
へ。下着被仕候。是より秀吉公と勝家と。御
間悪敷色か立申候事。
筒井順慶は。大和伊賀両國從信長様。被為拝
領候。其後秀吉公より。大和国被召上。御舎
羽柴美濃守秀長殿方へ被遣。伊賀国計順慶
に被拝領候。伊賀も美濃守殿御旗下之由
に御座候事。
三七様と。柴田殿。瀧川左近将監一益殿。御
三人御同意之由申伝へ候事。
常真様と三七様御間も。無程悪敷罷成申候
故。常真様と秀吉公被仰合。三七様御打果被
成御談合。相極り申之由之事。
一岐阜へ御仕掛被成候はは。柴田殿岐阜後巻
可被出と思召。江州志津か嶽に。地藏山と申
所を。當座之城に御こしらへ候て。御舎弟美濃
殿大将に被成。筒井伊賀守中川瀬兵衛
高山右近なと。御加へ被成被召置候由之事。
一常申様。秀吉公岐阜へ御押詰被成候処に。
柴田殿。越前より人数召連。志津ケ嶽へ出被申
候。先手は柴田殿。玄蕃盛政。壱萬計置残る
         (所)
人数は中川瀬兵衛陣取に押懸け。朝之四つ
時分に。瀬兵衛攻果被申候事。
一右之注進。岐阜へ其日七つ時分に着仕候。岐
阜は常真様御渡候て。秀吉公其日之不入内
に。十三里を御懸付被成。日暮に地藏山之走
り矢倉へ御あかりにて。敵は何と陣取候や
と被成御尋候。向に火を見へ申候も敵にて
御座候。柴田殿本陣は從是見へ不申候。又海
ばたに火の多く見へ申候は。瀬兵衛陣取居
申たる所にて御座候を。もみ落則玄蕃陣取
申候と。何も被申候へは。ざつとすみ候。明
日は皆々ひろい首を御取せ候半と。其子細
は大番袋に物を入。口をしめたる心にて。柴田
も物仕にて候間。今夜是へ御懸付被成候
を。聞可申侯。然は夜内に引取可申候。御付
候はは敗軍可仕候間。鳥がうたい候て。皆々
拵可申と被仰候。あんのこどく鳥うたひ時
         (所カ)
分より。玄蕃陣取さわぎ申に付。御味方彌
競。早夜の内に首を取申候。明て度々せり合
御座候て。破軍に成申候。是は伊藤金左衛門
咄申候事。
柴田殿は北ノ庄へ。御引取被成候。明日四ツ
時分に。秀吉公北ノ庄へ御押詰被成。柴田殿
は其日殿主に火をかけ。御自害被成候由申
傳へ候事。
秀吉公越前御仕廻被成。岐阜へ獅帰陣被成。
頓て御あつかいに罷成。三七様岐阜之御城
被成御渡。伊勢へ船にて御座候様に。被成度
と被仰候に付。船にで伊勢へ送り申体にて。
野間之内海の浦へ船を着。内海にて御切腹
被成候事。
瀧川殿は。從信長様伊勢に被召置候城三ケ
所御座候。一ケ所は松坂。一ケ所は神戸。壱
ヶ所は亀山と申伝候。秀吉公御馬出。先亀山
の城御攻被成候。御家中之御人数も。亀山を
攻申候。城中より突て出申時。諸勢さわき申
候所。米田助右衛門殿。立所不去御働見事に
見へ申に付。秀吉公御使番衆被遣。御褒美被
成候由承及申候事。
瀧川殿城三ケ所共に。秀吉公御攻取被成。さて
左近殿は高野の住居仕度と。御侘言被申候
へ共。無御同心切腹被仰付候事。
一志津ケ嶽榔陣之時。忠興様は船手にて。越前
へ御働被成。越前の由良之湊にてせり合御
座候日杉少介なとも。鑓仕候由申候事。
一志津ケ嶽にて。中川瀬兵衛殿打死被成候を。
秀吉公方御負之様に。一色殿御聞被成候て。
宮津之御留守を御取候半と。武者船を大童
沖迄押出し被申候。跡より雑説之由申船に
追付留申に付。ゆみの木へ舟押戻被申候。然
共色々顯申に付。忠興様御帰陣之御祝儀へ
も出不申。引籠被申に付て。幽齋様御拵に

(後略)